肺がんじゃなかったブログ

40代で肺に腫瘍が見つかった男性の日記です。

家族の覚悟。

2月10日

嫁の存在

入院して手術をするのは僕ですが、当然ならが僕の家族も影響を被ることになります。

何度か書いておりますが、僕たち夫婦には子供がいません。夫婦でのんびりと暮らしています。

ですのでこの度の血痰に始まった僕の騒動を、一番間近でずっと見てきたのは、嫁さんです。

鬱になってみたり、何かと取り乱したり、怖がったりする僕に対して、嫁は始終落ち着いた様子。もちろん心配もしてくれたり、鬱になったときは多少巻き添えになりそうにはなっていましたが、基本的には一切慌てることなく、落ち着いたもんです。手術が決まったときも、特に取り乱すことなく、普通でした。笑

今回のことは全て「治ると思ってるから心配してない」と。笑

軽いんですよね。笑

でもその軽さに救われるんです。

もちろん、きっと僕には見せていないだけで、嫁なりに苦しんだこともあったかもしれないですし(なかったかもしれないですけど)、覚悟を決めた瞬間があったかもしれないです(これも特になかったかもしれないですけど)。

入院に関しても、嫁は自身がこれまでに三度も入院を経験していますので、色々と慣れたもんでした。

こういうとき、男よりも女の方が強いんですかね?なんて思ってしまったり。

怖がりな僕のため、毎回病院にも付き添ってくれましたし、助けられました。

嫁はパートをしているのですが、全て僕の病院や入院のためにシフトを調整してくれて、時間を作ってくれました。

40過ぎのいいおっさんが、毎回嫁に付き添ってもらうというのは、「子供か」と突っ込まれそうな気もしますが、誰かが一緒にいてくれるって、とっても心強いんです。

そういう相手がいるというのは、それだけでとても幸せな気がします。

ですので余計に、この先年老いて、もし一人きりで病院に行かなければいけなくなる日がきたら…とかも想像してしまって、怖くなってしまったりも。

自分がこのような立場になり、病院に通うようになりますと、健康だけではなく、老いとか家族とか、そういうことに対しても、色々と考えるようになるものですね。

そして、できるだけ長く、嫁と生きていけたらな~と、改めて思いました。

そっと支えてくれている嫁のためにも、ちゃんと手術してもらいます。

元気になって、たくさんたくさん恩返しをしなければ。

 

両親と弟

手術日と入院日の正式な日程が決まりましたので、実家の両親にも連絡をします。僕には二つ年下の弟もいますので、そちらにも連絡。

僕の実家は長野県の茅野市というところで、両親はそちらで健在です。弟は海外を飛び回っています。

40過ぎのおっさんとはいえ、親にとっては大事な息子です。やはり手術という息子の一大事には、駆けつけてくれるものなんですね。

近くはないので、「無理しないでいいからね」と両親には言いつつも、来てくれるというのは、心強いといいますか、少しでも安心できるといいますか、嬉しいことではあります。

弟も帰国予定があり、術後にはなりますが、駆けつけてくれるそうです。

今回のことで両親と話すのは、これが三度目です。一度目のときは動揺が伝わってきましたし、二度目は母が言葉を詰まらせることもありました。

しかし三度目ともなりますと、時間の経過もあるとは思うのですが、親としてももう覚悟を決めてくれているような、話していてそんな印象を受けました。

両親は入院の前日に車で上京し、そのまま我が家に一泊し、翌日手術が無事に終わったのを見届けて帰るそうです。ですので、前日と当日の二度、両親とは顔を合わせることになります。

術後はきっと僕の体には色んな管が繋がってるでしょうし、かなり痛々しい姿であることが想像されるので、母には「泣かないでね」と言っておきました。笑

一日一日、その管が外れていき、あとは良くなっていくだけだから、と。

母はしきりに「まな板の鯉」と発していて、励ましてくれているのはわかるのですが、あまりにも連呼するので、だんだん笑かしにきているのではないかと思うほどで…笑。

僕は既に実家を出てますし、結婚もして独立した身ではありますが、家族はいつまで経っても大切な家族なんだな~と、そんなことを感じたりしました。

手術が無事終わり、退院して落ちついたら、両親を温泉旅行にでも連れて行こうと思います。