肺がんじゃなかったブログ

40代で肺に腫瘍が見つかった男性の日記です。

手術当日(その2)手術終了と麻酔からの目覚め。

2月20日 午後

麻酔からの目覚め

全身麻酔の手術でしたので、当然ながら手術中の記憶というのは一切ありません。

術後は麻酔を覚ましてからICU的なお部屋に移動するとは聞いていたのですが、麻酔が覚めた瞬間や、ベッドで移動している間の記憶も全くないです。

その後意識が戻ってからの記憶も、少々曖昧だったりもします。

術後の僕の最初の記憶は、猛烈な尿意です。自覚している最初に発した言葉は「おしっこしたい」でした。漏れそう、くらいの感覚ではなかったかと。おそらく看護師さんか誰かに対して発した言葉だと思います。夢うつつの状態で。

これはおちんちんに管を入れられ、トイレに行かなくても大丈夫な状態にされているがために、そのような尿意に襲われたのではないかと思います。その後、尿意はじょじょに治まっていきました。

そこからまた記憶が途切れ、次の記憶は家族との面会です。

 

家族との面会

「ご家族の方面会入りま~す」

その言葉で目覚めたような気がします。

そして僕の顔を覗き込む、嫁、母、父の顔。

その辺りでようやく僕は、手術が終わったということを自覚し始めたのではないかと思います。あ~、無事終わったんだな、と。

で、嫁だったか母だったかは曖昧ですが、「良性だったよ、癌じゃなかったよ」という言葉も耳に入ります。

9時に始まった僕の手術は、当初は4~5時間の予定でして、終了は14時くらいだと先生から言われていました。それが12時くらいに家族に連絡が入り、先生に呼ばれたとのこと。先生の第一声が「良性でした」とのことで、故に切除部分も最小限で済み、手術時間も3時間程度と、かなり短く済んだそうです。もし悪性でしたら、そこからさらに右肺の3分の1を切除することとなっていましたので、まだまだ時間が掛かったはずです。

先生から説明を聞いた後に、面会のため家族がやって来たのが、14時前くらいだったそうです。

家族と話しているうちに、じょじょに意識ははっきりしてきますが、やはりそのときの記憶は断片的で曖昧です。

恐れていた痛みの方は、麻酔が効いているせいなのか特に感じません。ただ、おちんちんに管が入っているため、その違和感がハンパなくて、少し動くと痛かったりして、そっちの方が気になりました。

他にも体には点滴やら酸素やら、色んなものが繋がっています。足には肺塞栓予防のマッサージ機があり、動いてました。

嫁に術後の姿を撮影してもらったのが、こちらです。

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この後には、ばっちり笑顔でピースしてる写真もあるんですけどね。笑

よくドラマなどで見るような、心電図の装置でしょうか、それも脇に置いてありました。

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体は多少動かせましたので、嫁、母、父と順番に手を握った記憶があります。で、そのときに自然と涙が出てしまって…。嫁に拭いてもらったのも覚えています。

無事、手術から生還することができました。

しかも癌ではなかったという、幸運なおまけ付きで。

 

術後の夜

両親はこの日、実家のある長野に帰るため、15時前には病院を後にしたかと思います。当初は嫁もそこで一緒に帰る予定ではありましたが、僕がもう少しいて欲しいと甘えたため、いてくれました。笑

で、嫁が身近な人にのみ手術完了を知らせてくれまして、その返信などを見せてくれました。

それを見てまた僕は涙してしまい、嫁がそのたびに拭いてくれるという繰り返し。手術を終え、なんだかとっても涙もろくなっているようです。

そしてじょじょに日が暮れて、嫁が帰り、一人きりの夜を迎えることに。

一人きりと言っても、看護師さんが1時間くらい置きに、検温などしたり、様子を見に来てくれてるんですけどね。

背中や胸の痛みはありませんが、やっぱりおちんちんが一番気になります。体勢を変えようとすると、痛みと違和感がけっこうありまして…。看護師さんにこれはいつ外れるのか聞いたところ、明日の午前中とのことで、その瞬間が待ち遠しくてたまりません。

夜になり、おそらく寝たり起きたりを繰り返していたと思うのですが、このときの記憶もけっこう曖昧です。

体は動かせるのですが、色々と管がついていますので、ビビってしまってほとんど動くことはできませんでした。

20時くらいだったでしょうか、ようやく水が飲めるとのことで、ストロー付きのコップにて、看護師さんに飲ませてもらったのも覚えています。久しぶりの水はとっても美味しかったです。

その後も二度ほどお水を飲ませてもらいました。

そしてまた、少し寝ては起きて、を繰り返しつつ、長い一日が終わっていきました。

2020年2月20日。

僕はこの日を一生忘れません。